正月早々に更新をしてから早くも10か月近く…
また生来の怠け癖が出てしまい、更新も滞りまくりな日々ですが
皆さまはお変わりありませんか?
今夏は既にご承知の通りで、連日猛烈な暑さでヤラれましたね!
私なんかは寄る年波のせいで「今年の夏は生き残れるだろうか?」…
などと本気で思っておりましたが、何とか無事生存しております。
(ちぇっ!生き残りやがったのか…と陰口をたたく連中は少なからずいるのでしょうが・笑)
さて、久々の更新!
「おっ!京都橘の新ネタか?」…と期待されてる方々も多かろうと思うのですが…
残念ながら今回のネタは「京都橘高等学校吹奏楽部」とは一切関連がありません!!!
あらかじめお伝えしておきますね。
さて直近の話題なのですが
いやはや連日TV・ネットを賑やかしておりましたね。
政治の話、権力闘争…日本のトップを決めるわけですから、連日の報道の過熱っぷりは
呆れかえるほどでしたし、各陣営の思惑や駆け引きなどが見えたり、また見えなかったりする部分を肌で感じつつ今後の祖国・日本の行く末を案じておりましたが…
な、なんと!!!
明治22年、憲政開始以来約130年余…鳥取県民55万人の長年の悲願が遂に…
と、普通の県民なら多分そう思うところなんでしょうが…
実はだったのです!
鳥取県民の皆様…裏切者の私です。申し訳ありません。ぺこりん。
大変申し訳ないと思ってはいるんですが・・・
いやね、私も石破さんは若い時から議員として活躍されてるのは地元ですから十分知ってますよ?
石破さんのお父さん「石破二郎」氏、鳥取県知事でしたが私が小学校の頃通学路の経路上にポスターがやたらと貼ってあったのでよく記憶してるんです。
その後、国政に進出されて大臣なども歴任されたように記憶してるんですが、確か私が高校生くらいの時に亡くなったと記憶しております。
そのあとにお父さんの跡を継いで議員になられたのが石破茂氏、今回総裁になられた石破さんです。
その時の事を何気に思い出してみたら「親父が死んで、息子が継ぐのかぁ~」…となんともベタな話だなぁ~…と漠然と思った記憶があります。
しかし、それ以来ず~っと今の今まで議員を続けてこられ、とうとう自民党の総裁、政権与党のトップ=日本のトップ(いや違うな、行政のトップだな。日本のトップは天皇陛下と思ってる私)にまで上り詰めたのは凄い事ですよね。
世間ではあれこれ言われておりますが、じゃあお前が同じことができるのか?と言われたら…いち庶民の私には無理でしょうね。
既に申しましたが、憲政開始以来今年で約130年余…130年も経ってるのに鳥取県からは1人も総理大臣を輩出してなかったんですよねぇ~。
まあお気づきでしょうが、全県下合わせてもたったの55万人しかいない人口最少県。
生まれたての赤ん坊から棺桶に身体を半分突っ込んだような死にかけの老人まで合わせてもたったの55万人、首都圏の中規模都市くらいの人口しかいないわが県ですから人材の層が端っから違うわけです。
なので、今回石破氏が総理・総裁になられた事は鳥取県民の長年の悲願であり、故郷を鳥取県とする私自身も「嬉しい」気持ちは重々持ち合わせてはいるんです。
ただ…今の日本を取り巻く環境、迫りくる問題その他…を考えると…
時代はもう「石破茂」ではないなぁ~…と思っていたんです。
あと、もっと正直に言えば元から石破さんなんてどうでもよかったんです(ぶっちゃけ)
「とにかく誰でもいいから鳥取県出身の総理大臣が出てくれればそれでよし」
多分、多くの鳥取県民が思ってる本音だと思いますよ。
そしてここ数十年の間に鳥取県選出の国会議員の中で全国区で通用する知名度を得て、尚且つ党や内閣その他の要職について総理大臣になる可能性に望みを持つことが出来たのが…
たまたま「石破茂」氏であった…ってだけで、
今回5回目の総裁選への挑戦でようやく大願が成就されたのですが、
私個人としては10数年前の1回目、2回目の挑戦あたりで選出されていれば時期的、年齢的、そして勢い的にもちょうどよかったのでは?と思うんです。
でも、それ以降何かが取りついたかの如く迷走?を始め、党内野党だのなんだの
メディアに登場する時はほぼほぼマイナスなイメージでの登場ばかりで、あとはたまに
鉄オタネタでの露出ばかりでしたね。
まあ、同じ鳥取県民が言うのもなんですが、ここ数十年の彼の軌跡を顧みるに、
正に「裏切り」の歴史って感じの歩をされてるわけで、そういったところも真に信頼を寄せれない理由になるのかもしれません。
私は鳥取県の米子市に在住してるんですが、
米子市には陸上自衛隊「米子駐屯地」があります。
昔から軍事マニアな私なので、米子に住むようになって数十年…毎年ではないですが、
年に1度駐屯地の創立記念日の式典がありまして、何度か行った事があるんです。
すると石破氏が国会議員の来賓として来てるんですよ、まあ元々が「防衛族」ですからね。
当然式典の際は「祝辞」と称してスピーチされるんですが、内容は主に自衛隊の部隊や
隊員さんに向けたはなむけ、激励などと共に式典に観覧にきている一般客に向けての国内外の情勢などごく一般の市民である私にも非常にわかりやすい論調・話法で話されるんです。
逆に同席している地方の首長、例えば米子市長とか何とか連盟の会長代理などと言う人の祝辞は軒並み卒業式の校長先生の話並みに「念仏」のように聞こえてしまい、要領を得ないと言った感じでしたね。(しかも長いので端で聞いてるだけの私でさえ早く終われよ!と思ってました・笑)
なので、昔から石破氏の話は面白いという認識はあったのです。
そんな私ですが米子市に40年近く在住しておりますので、当然いろんな場面で知り合った現役自衛官の知人・友人もそこそこいます。
石破さん、あるTV・ネットなどで言われてましたが「現役自衛官から絶大な人気がある」とのこと。
ある時、その知り合いの自衛官の方に何気に「ホントにそうなの?」と聞いてみたことがあるんですが…
以下は聞きかじった話です。
駐屯地の記念日などに毎年のように来賓で来て、祝辞の際も隊員に耳障りのいい事ばかり言ってたわけで、当時は相当「好印象」を持たれてたそうです。
そしてとうとう「防衛大臣」に就任!!…まあ自衛官の方々からすれば毎年のように駐屯地にきて自分たちを激励してくれていた議員の人が自分達の組織のトップになったわけで、その時は随分盛り上がったらしいです。
で、恐らく就任されたら「凱旋」されるだろうという予測のもと、いつ大臣が視察に来られても恥ずかしくないようにと、駐屯地の本部エリアのところだけは廊下の壁は木目調の内装に張り替え、下には赤絨毯を敷き詰め、陸自の隊舎とは思えないどこかの官邸か?と見紛うばかりの豪華な造りに仕立て上げたそうです。
まあ、これまでのようなただの一国会議員ではなく、国務大臣ですからね!
取り巻きの取材陣なども同行して、その際の様子なども隈なく放映されてしまうとなればあまりにもオンボロな自衛隊の内装だと「ヤバい!」って感じだったんでしょうね(笑)
実は私も1度、その現場を見たことがあるんですよ。
例の毎年ある駐屯地の記念日の際、自衛官の知り合いの方に付き添ってもらってほんのちょっとだけだったんですが、チラッとその豪華な…と聞いていた内装の廊下を拝見したことがあるんです。
いや、ホントに木目調の壁で赤絨毯が敷いてありました!!
でも同じ建物内にある他のエリアは…軒並みちょっとくたびれた感じの造りでしたから、ギャップが凄かったなぁ~と言う記憶があります。
で、ここからのオチが笑ったんですが、
ここまでして「石破防衛大臣」を迎える準備をしたのに…
大臣就任中は結局一度も来ることはなかったそうです。
あれだけ毎年来賓として招待して、祝辞で一般客にもアピールする機会もつくり、恐らく防衛関連の繋がりのある組織票などへの影響も大きかったでしょうね。
だから防衛大臣に就任したら絶対視察と称して来られる(故郷に錦を飾るみたいな感じ)、いや来ないはずはない!!と信じて疑わなかったそうです。
が!結局は一度たりとてくることはなく、まさにここでも必殺技の「裏切り」が炸裂したわけです。
以来、米子の隊員さん達の間では相当恨みに思っているとのこと(笑)
いや~その話を聞いた時はちょっとオチに笑ってしまったんですが、当事者でなくともちょっとなんだかなぁ~って感じでしたね。
今まで応援してもらったんだから、偉いさんに出世したなら一回くらい顔見せろよ!!ってコトですよ。
更にその後、大臣就任中は一度も来なかったくせに、防衛大臣を辞めた途端にまた訪問を再開したという事らしく、怨嗟の感情がうごめく隊員たちの心の油に火を注いだという事らしいです。
まあ国事に奔走するのが大臣の使命ですから、地元に凱旋云々は筋違い?…みたいな考えもあるのでしょうし、日程・スケジュール的にも厳しいものがあったのかもしれませんが…昭和脳の私としたらこの話を聞いてやはり引いてしまいましたね。
先般の東京都知事選の際も、小池氏は離島の有権者にも直接渡航して顔を見せていたのに対して、対抗馬の1人蓮舫氏は結局行きもしなかったんじゃなかったかな?
やっぱ個人的に思うんですが、顔を見せるって本当に小さな事だと思うんです。
たかが顔見せ…でも、やっぱりそれって大きい意味を持ってくると思うんですよねぇ~。
なので、知り合いの自衛官の方も言われてましたがそれ以来不人気だそうです。
と言うのが今回総裁選勝利によって総理大臣になられた石破さんの報道をみて、ふと当時私が聞いた石破さんのエピソードでした(どこまでが本当かはわかりませんが)
私もネットなどでの評判しかしらなかったのですが、こうして現場の生の声はこうだったなぁ~…などと思い出し、実はこれ以外にももっと裏では色々隠された真相・真実があるんだろうなぁ~と感じた今日この頃です。
縷々書き連ねましたが私自身が石破氏に思い抱く感情も似たようなもので
保守王国である鳥取県であるからこそ、ここまで当選出来たというのも事実でしょう。
10数年前ならまだ勢いもあったでしょう。
しかし、それから幾星霜…すっかり変節・変質してしまった感がにじみ出てしまっている
今の石破氏と比べたら日本の現状を鑑みるに、やはり
やっぱり…
こう思っちゃううんですよねぇ~…県民各位…ごめんなさい。
ただ…石破氏の得意技の一つである、簡単な話を物凄くふか~い重みのある話のように変換させて、長々と話し、結局何一つ質問の回答をしないという「技」は、裏金問題その他自民党にとって都合の悪い話を野党に追及された場合には、これ以上はないくらいの鉄壁の防御力を発揮するかもしれませんね。(良い悪いは別にして・笑)
それを見越して裏で操作されたのだとしたら…やはり国家・国民の為ではないですね。
残念ながら今回高市さんは敗れましたが、巷では新党を起ち上げて云々…などと威勢のいいことを言う輩が多数現出しておりますが、ここはグッと我慢して隠忍自重…次回の為に今は裏で刃を磨いて欲しいものです。
以上、鳥取県民なのに「石破氏」の総裁選勝利を素直に喜ばない天邪鬼な私でしたが、そうは言いつつやはり鳥取県出身の初の総理大臣誕生!!…素直ではないですがやはりうれしくは思っております。
ずっと諦めていましたが、まさか自分が生きている内に、鳥取県から総理大臣を輩出する日を目の当たりにできるとは…晴天の霹靂って感じの、秋の夜長でした。
これでやっと「島根県」を追い抜く事が出来ました!!(笑)